第3章 行政法 頻出・条文つき 国家賠償とセット

損失補償

“適法”な行政でも、特別な犠牲には補償がある。

📖 このページでわかること

  1. 「損失補償」とは何か(適法な行政で生じた損失をうめるしくみ)
  2. 補償が必要になるキーワード「特別の犠牲」とその判断基準
  3. 憲法29条3項の「正当な補償」と、完全補償説・相当補償説
  4. 補償規定がない法律でも直接補償を請求できるか
  5. 補償の内容・支払いの時期(事前補償の要否)
  6. 国家賠償との違い、両方ともカバーされない「谷間」の問題
前回の「国家賠償」は、役所が違法なことをして損害を与えたときの話でした。今回の「損失補償」は、役所が正しい(適法な)ことをしたのに、たまたまある人だけが損をしてしまった——そんなときに償うしくみです。条文の数は少ないのですが、憲法29条3項をめぐる考え方が試験で深く問われます。国家賠償とセットで対比して、丁寧に整理していきましょう。

1. 「損失補償」ってなに?

損失補償とは、適法な行政の活動によって、特定の人に財産上の損失が生じたとき、その損失を公平の見地からみんなのお金(税金)で償う制度です。

大事なのは、役所のやったことが「違法ではない」という点。法律に従って正しく行われた活動です。それでも、その活動のために一部の人だけが大きな負担を背負わされるなら、それを放っておくのは不公平ですよね。だから償うのです。

たとえ話:道路建設で土地を提供したら

みんなが使う新しい道路を作るために、ある人の土地が必要になりました。道路を作ること自体は、社会のために正しいこと(適法)です。でも、その土地の持ち主だけが、自分の土地を失うという大きな損をします。
「公共のためだから、土地はタダで差し出してね」では、その人だけが犠牲になり不公平。そこで、土地の代金をきちんと補償します。これが損失補償の典型です。

損失補償の本質は「公平な負担の調整」

公共の利益は社会のみんなが受け取るのに、その費用(負担)をたまたま土地を持っていた一人だけに押しつけるのは不公平です。そこで、その人の損失をみんなのお金(税金)でうめて、負担を社会全体に広げ直す。これが損失補償の発想です。「みんなの利益のための犠牲は、みんなで分かち合う」と理解しておくと、応用問題でも迷いません。

2. キーワードは「特別の犠牲」

では、損をしたら何でも補償されるのでしょうか。そうではありません。補償が必要になるのは、その損失が「特別の犠牲」にあたるときです。

「特別の犠牲」=特定の人だけに課された、がまんの限度を超える負担

みんなが等しく受けるていどの軽い制約(たとえば、まちづくりのルールでみんなの建物に少し制限がかかる、など)は、社会で生活する以上おたがいさまの「がまんの範囲(受忍限度)」。これには補償は不要です。
これに対して、特定の人だけが、がまんの限度を超える負担(土地そのものを取り上げられる等)を負うなら、それが「特別の犠牲」。補償が必要になります。

「特別の犠牲」かどうかの2つの判断要素

特別の犠牲にあたるかは、ふつう次の2つの観点を総合して判断すると説明されます。試験ではこの2点をセットで覚えましょう。

観点意味補償が必要に近づくのは
侵害の特殊性誰に向けられた制約か(みんなか、特定の人か)特定の人だけに向けられているとき
侵害の強度どのくらい重い制約か(軽い規制か、財産を奪うほどか)がまんの限度を超えるほど強いとき

★「特定の人に」「がまんを超えて重く」課されるほど、特別の犠牲=補償必要に傾きます。逆に「みんなに」「軽く」かかる制約は受忍限度内で補償不要に傾きます。

具体例

・道路用地として、自分の土地を強制的に買い取られた → 自分だけが土地を失う大きな負担=特別の犠牲。補償が必要。
・地域全体の景観を守るため、みんなの建物の高さに同じように軽い制限がかかった → みんなが等しく負う軽い制約=受忍限度内。原則として補償は不要。

注意:財産権に「内在する制約」は補償なしでも許される

たとえば、危険物の取り扱いや、安全・衛生のための規制のように、財産権にもともと備わっている(内在する)制約といえる範囲のものは、特別の犠牲とはいえず、補償なしで課すことができると考えられています。「規制があれば必ず補償」ではない、という点に注意しましょう。

3. 根拠は憲法29条3項「正当な補償」

損失補償の根っこにあるのは、財産権を守る憲法29条です。その3項が、補償の根拠条文として超重要です。

憲法 29条3項

私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

公共のために」私有財産を使うなら、「正当な補償」をしなさい——これが大原則。公共事業のために土地を強制的に取得すること(用地収用)が、損失補償の代表例です。

「正当な補償」とはいくら払うこと? ── 2つの考え方

では「正当な補償」とは、どのくらいの金額なのでしょうか。ここに2つの考え方があり、よく出題されます。

完全補償説相当補償説
考え方失われた財産の市場価格を全額うめるべきその時の社会状況に照らし合理的に算出した額であればよい(市場価格を下回ることもありうる)
イメージ「損した分はまるごと返す」「事情に応じて相当な額を返す」
用地収用の場面では「完全補償」が原則的な発想

公共事業のために土地を強制的に取得する(土地収用)ような典型的な場面では、土地の客観的な価値を十分にうめる(完全補償に近い)のが原則的な考え方とされています。一方で、過去には、特殊な事情のもとで市場価格を下回る額でも「正当な補償」にあたると判断された例もあり、考え方が一律でない点が論点になります。まずは「収用では完全補償が基本」と押さえましょう。

4. 補償の規定がない法律でも、補償を請求できる?

とても重要な論点です。財産を制約する法律に、たまたま「補償する」という規定が書かれていなかったとします。このとき、被害を受けた人はあきらめるしかないのでしょうか。

補償規定がなくても、憲法29条3項を直接の根拠に請求できる(という考え方)

判例は、法律に補償規定がないからといって、ただちにその法律が憲法違反で無効になるわけではない、と考えます。特別の犠牲にあたる場合には、被害者は憲法29条3項を直接の根拠として、補償を請求する余地があるとされています。
つまり、「補償規定がない=補償ゼロ」ではない。憲法29条3項という大もとの約束があるので、そこに立ち返って請求できる、というわけです。これは受験生がよく引っかかるところなので、しっかり押さえましょう。

注意:「補償規定がない法律はすべて違憲・無効」ではない

「補償の定めがない=その法律は無効」と早合点しないこと。憲法29条3項を直接の根拠に補償を請求できる以上、補償規定がないこと自体は、ただちに法律を違憲にするわけではない、と考えられています。

5. 補償の内容と「いつ払うか」

補償は、土地の代金そのものだけにとどまりません。たとえば、土地を明け渡すための引っ越し費用や、営業を移すための費用など、その収用に通常生じる付随的な損失も補償の対象になりうると考えられています。

補償は「事前」でなければならない?

補償は財産を奪う前に必ず支払われていなければならないのか、という論点があります。判例の考え方では、補償が必ず財産の提供と同時(事前)でなければならないとまではいえないとされています。つまり、「補償は財産を取り上げるのと完全に同時でなくてもよい」場合がある、と理解しておきましょう。

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6. 【最重要】国家賠償との違い

試験では、損失補償と国家賠償をセットで対比させてきます。違いは、ひとことで言えば「違法か、適法か」です。

国家賠償損失補償
行政の活動は?違法適法
故意・過失は必要?必要
(1条の場合)
不要
適法なので問題にならない
うめるもの損害(ひろく。身体・精神も)財産上の損失
根拠憲法17条・国家賠償法憲法29条3項
典型例違法な処分・道路の陥没公共事業の用地収用

★ポイント:「違法→国家賠償/適法→損失補償」がいちばんの分かれ目。損失補償は適法な活動なので、過失の有無はそもそも問題になりません。

7. 「谷間」の問題 ── どちらでも救えないケース

国家賠償は「違法・過失あり」、損失補償は「適法な財産の制約」をうめる制度です。ところが、どちらの枠にもうまく当てはまらない被害が出ることがあります。これを国家賠償と損失補償の「谷間(すきま)」の問題といいます。

たとえ話:予防接種で重い健康被害が出たら

国の方針にしたがって受けた予防接種で、ごくまれに重い健康被害が出てしまった、というケースを考えます。接種という行政活動が適法なら、違法を前提とする国家賠償は使いにくい。一方で、損失補償は本来「財産の損失」をうめる制度なので、生命・身体の被害には素直には当てはまりません。
こうして「違法でもない、財産損失でもない」被害が、両制度のすきまに落ちてしまう。これが「谷間」の問題です。

「谷間」をどう埋めるか

この問題には、(1)損失補償の考え方(憲法29条3項)を生命・身体の損失にも広げて救おうとする見方や、(2)接種の過程に何らかの過失を認めて国家賠償で救おうとする見方など、いくつかのアプローチがあります。財産権を守る29条3項より、もっと重い生命・身体が補償されないのはおかしい、という公平の感覚が議論の出発点です。論点として「谷間が存在すること」と「公平の観点から救済が模索されること」を押さえておけば十分です。

演習過去問チャレンジ(○×)

Q1.損失補償は、適法な行政活動によって特定の人に生じた特別の犠牲を、公平の見地から補償する制度である。

正解は 。損失補償は適法な活動が前提で、特別の犠牲を公平の見地から補償する制度です。違法を前提とする国家賠償との違いです。

Q2.損失補償が認められるためには、行政側に故意または過失があったことが必要である。

正解は ×。損失補償は適法な活動を前提とするので、故意・過失はそもそも問題になりません。過失が問題になるのは国家賠償(1条)のほうです。

Q3.私有財産を公共のために用いる場合には、正当な補償をしなければならない旨が、憲法に定められている。

正解は 。憲法29条3項が「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」と定めています。損失補償の根拠条文です。

Q4.みんなが等しく負う軽い財産上の制約であっても、財産権が制約される以上、つねに損失補償が必要である。

正解は ×。補償が必要なのは「特別の犠牲」にあたるときだけ。みんなが等しく負う軽い制約は受忍限度内で、原則として補償は不要です。

Q5.財産を制約する法律に補償の規定が置かれていない場合、被害者は補償を請求する余地がいっさいない。

正解は ×。判例の考え方では、補償規定がなくても、特別の犠牲にあたる場合には憲法29条3項を直接の根拠として補償を請求する余地があります。

Q6.土地収用に伴う損失補償は、収用される土地の客観的価値を十分にうめることを基本とする考え方(完全補償)がある。

正解は 。用地収用のような典型場面では、土地の客観的価値を十分にうめる(完全補償に近い)のが原則的な発想とされています。

Q7.損失補償は、必ず財産が提供されるのと同時(事前)に支払われていなければ、つねに違憲・違法となる。

正解は ×。判例の考え方では、補償が財産の提供とつねに同時(事前)でなければならないとまではいえないとされています。

Q8.適法な行政活動による生命・身体の被害は、国家賠償と損失補償のいずれにも当てはまりにくく、両制度の「谷間」の問題と呼ばれることがある。

正解は 。違法でもなく、財産損失でもない被害は両制度のすきまに落ちやすく、これを「谷間」の問題といいます。予防接種被害などが例として議論されます。

暗記一問一答
損失補償とはどんな制度?
A. 適法な行政活動で特定の人に生じた特別の犠牲を、公平の見地から補償する制度。
補償が必要になるキーワードは?
A. 特別の犠牲(特定の人に課された、がまんの限度を超える負担)。
特別の犠牲かどうかの判断要素は?
A. 侵害の特殊性(特定の人に向けられているか)と侵害の強度(がまんの限度を超えるか)。
損失補償の根拠となる憲法の条文は?
A. 憲法29条3項(私有財産は正当な補償の下に公共のために用いることができる)。
「正当な補償」の2つの考え方は?
A. 完全補償説(市場価格を全額)と相当補償説(合理的に算出した相当額)。収用では完全補償が基本。
補償規定がない法律のとき補償は?
A. 憲法29条3項を直接の根拠として補償を請求できる余地がある。規定がない=補償ゼロではない。
補償は必ず財産提供と同時(事前)?
A. 必ず同時とまではいえないとされる(判例の考え方)。
国家賠償と損失補償のいちばんの違いは?
A. 行政の活動が違法か適法か。違法→国家賠償/適法→損失補償。
損失補償の典型例は?
A. 公共事業のための用地収用(土地を強制的に取得し代金を補償)。
「谷間」の問題とは?
A. 適法な活動による生命・身体の被害など、国家賠償にも損失補償にも当てはまりにくい被害の問題。

📌 このページのまとめ

  • 損失補償=適法な行政で生じた特別の犠牲を公平の見地から補償する制度
  • 特別の犠牲は侵害の特殊性(特定の人か)と侵害の強度(受忍限度を超えるか)で判断
  • 根拠は憲法29条3項「正当な補償」。完全補償説/相当補償説、収用では完全補償が基本
  • 補償規定がなくても29条3項を直接の根拠に請求する余地がある(規定なし=補償ゼロではない)
  • 補償は必ず事前(同時)とまではいえない。付随的損失も対象になりうる
  • 国家賠償との違いは「違法→国家賠償/適法→損失補償」。適法ゆえ過失は問題にならない
  • 両制度のすきまに落ちる被害(予防接種など)が「谷間」の問題